2012年4月13日金曜日

アッシジの聖フランシスコ(フランチェスコ)の言葉


聖フランシスコがグッビオの町に滞在していたとき、そのあたりの野に非常に大きな、

たけだけしい狼が現れて、家畜ばかりか人までも襲ったので、町の人はみな大いに

恐れていた。というのは、その狼は時々町の近くまで来ることがあったからである。

みな町を出る時には戦争にでも行くように、武装して出て行った。それでもひとりでそ

の狼に出会うと、身を守ることができないほどであった。それでその狼の恐ろしさに、

思い切って町を出る者もないようになってしまった。で、フランシスコは住民たちに同

情して、町の人々が諌めるのもきかず、その狼に出会いたいと思い、聖い十字架の

しるしをして、神に全くの信頼をかけつつ、同志たちと町の外へ出掛けたが、ほかの

人々は途中で行くことをためらったので、フランシスコはひとり狼のすみかの方へ、

    道を歩き続けた。ところが見よ、奇跡を見ようとやってきた町の人々は、あの狼が大口    

あけてフランシスコに飛びかかるのを目撃した。しかし狼が近くへ来ると、フランシス

コはそれに向かって十字架のしるしをし、呼びよせてこう言った。「兄弟オオカミよ、

こちらに来なさい。わたしはキリストのみ名によって命令する、おまえはわたしにも

ほかのだれにも、害を加えてはならない。」するとふしぎにも、フランシスコが十字

架のしるしをするやいなや、恐ろしい狼は口を閉じて、走るのをやめた。そして命令

に従い、小羊のようにおとなしくなって、フランシスコの足許にひれふした。そこで


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フランシスコは言った。「兄弟オオカミよ、おまえはこの辺りで多くの害を働いた。

神の造られたものを害したり殺したりして、おまえは大きな罪を犯した。家畜を殺

して食べたばかりでなく、神の姿に似せて造られた人間までも殺すような、だい

それたことをした。だからおまえは、強盗や恥ずかしい人殺しのように、絞首台に

送られて当然なのだ。また人々はみなおまえをののしり、おまえを責めて、町中

こぞっておまえの敵だ。しかし兄弟オオカミよ、わたしはおまえと町の人とを和睦

させようと思う。それには、おまえの方で町の人に近よらず、町の人の方でおまえ

の過去の罪をことごとくゆるし、人も犬もこれからおまえをいじめないようにしよう。」

このことばを聞くと狼は、からだや尾や耳を動かし頭をさげて、フランシスコの申し

出を受け入れ、それを守るつもりということを表わした。フランシスコはさらに言った。

「兄弟オオカミよ、おまえは和睦を結び、かつ守ることに同意した。だからわたしは

おまえに約束しよう。すなわちおまえがもうひもじい思いをしないですむように、お

まえの生きている間、町の人に食べものを与えてもらうようにしよう。なぜかと言

えば、わたしはおまえが悪さをするのは、みな空腹のためだとよく知っているから

だ。けれどもわたしがおまえにこの恵みを与えるからには、兄弟オオカミよ、おま

えも今後はもう人にも家畜にも、決して危害を加えないと約束してくれなければ

こまる。わたしにその約束をしてくれるか。」狼は頭をさげて、その約束をするつ


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もりであることを明らかに示した。フランシスコは言った。「兄弟オオカミよ、おまえ

はその約束をするという証拠を見せてくれなければならぬ、わたしがそれを信じ

ることができるように。」そしてフランシスコが証拠を求めて手をさし出すと、狼は

前足をあげて、なれなれしくフランシスコの手にのせ、それで自分にできる保証の

しるしを示した。フランシスコはさらに言った。「兄弟オオカミよ、わたしはイエズス

・キリストのみ名によっておまえに命令する。こわがらず、わたしといっしょに来な

さい、わたしたちは神のみ名によってこの仲直りをしようと思うから。」狼は馴れ

た小羊のように従順に、かれについて来た。町の人々はそれを見て大いにおど

ろきそのめずらしい話はたちまち町中に知れわたった。それで男も女も、若者も

老人もみな、フランシスコと狼を見ようと、広場に集まって来た。人々がことごとく

そこに集まると、フランシスコは立ちあがってかれらに説教し、その時ことに神が

罪のためにこういう災いを許されたことを力説した。「のろわれた者を責める永遠

に消えない地獄の火は、からだのほかは殺すことのできない狼の猛威よりも、

はるかに恐ろしいものである。小さな野獣の口ひとつに対してさえ、これほど大

勢の人が不安と恐れをおぼえるならば、まして地獄の深い淵はどれほど恐ろし

いことであろうか。愛するみなさん。神の許に立ち帰って、自分の罪にふさわし

いつぐないをしなさい。そうすれば神は、この世では狼から、のちの世では永遠


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の火から、みなさんを救ってくださるだろう。」その説教がすむと、フランシスコ

は言葉をつぎ、「愛する兄弟たちよ、聞きなさい。みなさんの前にある兄弟オオ

カミは、みなさんがかれに命をつなぐ必要な物を与えると約束すれば、みなさん

と仲直りし、これから決してみなさんに、どんな危害も加えないことを約束し、

わたしにそれを保証している。で、わたしもオオカミが和睦の約束を必ず守るで

あろうことを、オオカミのために保証する」と言った。・・・・・・・・・・・

町の人々はみな声をそろえて、その狼にいつでも食べものを与えると約束した。

フランシスコはそれからすべての人の前で、狼に尋ねて言った、「兄弟オオカミよ、

おまえも町の人々に対して、人も家畜もそのほかの被造物も、害しないという和

睦の条件を守ると約束するか。」すると狼はひざまずいて頭をさげ、からだや尾や

耳をできるだけ動かし、その約束を守るつもりであることを明らかにした。フランシ

スコがなおも「兄弟オオカミよ、おまえは町の門前でわたしにこの約束を保証した

ように、こんどはここの人々の前で、わたしがおまえのためにしてやった保証を、

ほこにしないというしるしを、わたしに与えてくれなければならない」と言うと、オ

オカミは右の前足をあげて、フランシスコの手の中においた。このこと、および前

に述べたできごとについて、あるいは聖人の敬虔さにより、あるいはその奇跡

のめずらしさにより、またあるいは狼と仲よくなったということにより、すべての


人の間に非常なおどろきと喜びが生じ、一同天に向かって叫び、神をほめたた

えた。主がフランシスコをかれらのもとに遣わされ、かれはその功徳によって、

町の人々を残酷な野獣から救ったからである。グッビオの狼はまだ二年の間

生きていた。そして親しげに家々を戸毎にまわり、だれにも害を加えず、またな

んの虐待も受けなかった。人々はかれをこころよく養い、かれがそのように町を

を歩く時は、一ぴきの犬もそのうしろからほえなかった。ついに二年ののち、そ

の狼が老衰して死ぬと、町の人々はひどくなげき悲しんだ。それはかれがおと

なしく町の中を行くのを見ると、それだけよく聖フランシスコの徳や尊さが思い

出せたからである。・・・・・・・・・・キリストの賛美のために。アーメン

「聖フランシスコの小さき花」 第二十一章 光明社 より



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